サステナ経営塾19期上期第2回レポート

株式会社オルタナは2023年5月17日に「サステナ経営塾」19期上期第2回をオンラインとリアルでハイブリッド開催しました。当日の模様は下記の通りです。

①社会から見た企業の役割/SDGs概論

時間: 10:20~11:40
講師: 町井 則雄氏(株式会社シンカ代表取締役社長/株式会社オルタナ オルタナ総研フェロー)

「私たちは、経験したことのない、 グローバルで、多様で、複雑な社会と課題に向き合って生きていかなければならない。政府を含め、一つのセクターだけが、背負って解決できる時代ではない。企業が果たす役割はますます大きくなっている」

日本財団でさまざまな社会課題解決プロジェクトに携わってきた町井氏は、こう話す。2015年にサステナビリティの大転換点を迎えたという。象徴的な出来事が2つある。

一つは、COP21で「パリ協定」が採択されたこと。もう一つは、SDGs(持続可能な開発目標)の策定だ。町井氏は「表面的にSDGsに取り組むのではなく、採択文書にある内容をよく理解し、対応を考えてほしい」と語る。

「SDGsは、人類、国、企業、組織の生存戦略であり、世界とのコミュケーションツールでもある。企業には、バックキャスティング(重大な変化を予期し、備える)で『ありたい姿』を描き、取り組みを進めてほしい。100点の正解はないので、最適解を常に模索していくことが重要だ」

企業向け行動指針「SDGコンパス」では、SDGsへの取り組み方を5つのステップにまとめている。町井氏は「ステップの順番にこだわるのではなく、組織文化になじむ形で、取り組み始めても良い。例えば、目標設定から始めるのも良いのではないか」と説明した。

気候変動対策を進めるため、EUでは、「炭素国境調整措置(CBAM)」が2022年12月に暫定合意した。排出規制が不十分な日本で生産された製品は不利になってしまう。

町井氏は「ゲームのルールが変わる時代に突入した。SDGsを企業戦略に生かすべき時代となっている。企業には、SDGsを起点に、社会課題を解決する様々なビジネスを生み出してほしい」と話した。

②サーキューラーエコノミーと海洋プラごみ問題

時間: 13:00~14:20
講師: マクティア・マリコ氏(Social Innovation Japan 代表理事/共同創設者)

第2講では海洋プラごみ問題と、この問題を解決するためのサーキュラーエコノミーについて解説した。

Social Innovation Japanのマクティア・マリコ代表理事は海洋プラごみ問題について「サーキュラーエコノミー実現に向けた社会システムの変革が必要」だとする。

海洋プラごみは2050年にプラスチックの量が魚の量を超えると言われている。すでに流出したプラスチック量は1億5000万トンに及び、現在でも毎年800万トンが流出する。

魚はプラスチックを誤飲・誤食する。日本の近海でも1㎜~4.75㎜のマイクロプラスチックが漂流する。魚などを通して、人もプラスチックを摂取してしまっている。

廃プラスチックは気候危機や人権問題にも影響を与えている。1995年~2015年までのプラスチックのカーボンフットプリントは倍増した。また日本の廃プラスチックは850万トンで、そのうち150万トンが海外へ輸出されている。

リサイクルにも課題が残る。日本はプラスチックのリサイクル率は84%と世界的にも高い水準にある。ただ内訳をみると、マテリアルリサイクルが23.2%、ケミカルリサイクル4%に対して、サーマルリサイクル(熱回収)は56.6%を占める。

こういったプラスチックごみへの対策は各国で規制が進む。

EUでは21年7月から使い捨てプラスチックを規制する条約が施行された。代替できる素材があれば、使い捨てプラスチックの使用は禁止されている。日本でもレジ袋有料化やプラスチック資源循環促進法などの規制が行われている。国際条約の制定に向けた議論も進む。

民間でもプラスチック削減に向けた取り組みが進む。代表的な事例は、野菜などを包装しない裸売りだ。消費者はその時に必要な量だけを買うことができ、スーパーもプラごみを減らすことができたという。

プラスチックごみ削減に向けてはリサイクルのほかに「社会システムを根本から考え直す、リデザインが必要」だと訴える。Social Innovation Japanでは無料給水アプリ「mymizu」を展開し、マイボトルがあれば無料で給水できるスポットをアプリで探せる仕組みをつくる。

マクティア氏は「ペットボトル削減を一つのきっかけに、サーキュラーエコノミーで様々な課題を解決するための社会リデザインを企業や自治体と協働していきたい」と語った。

③企業事例:キリンの気候変動情報開示(ISSB・TCFD)

時間: 14:35~15:55
講師: 溝内 良輔氏(キリンホールディングス株式会社 常務執行役員)

冒頭、溝内氏は、台風19号やカリフォルニアの山火事で同社のワイン事業が大きな打撃を受けたことを紹介した。そして、気候変動の実害を受けた「炭鉱のカナリア」として、GHG削減をリードしていきたいと述べた。

キリンはGPIFの「優れたTCFD開示」で最も高く評価されている企業だ。講義では、同社のTCFD開示の進め方を詳細にわたって紹介した。例えば「シナリオ分析」は自社でモデルを作らずに公開データをもとに拡大解釈しながら推計した方が良いなど、実務的なアドバイスが惜しみなく共有し、キリンが豪州で外部の気候変動コンサルを活用したScope3の算出スキームは、迅速性・正確性などの点から多くの出席者の関心を集めた。

財務インパクトも含めた非財務情報開示のフレームワークは、ISSBスタンダードに集約される流れにあり、日本版は2024年3月末までに公開草案が公表される。IFRSベースで財務報告をする企業には、財務情報との同時開示が求められる点で負荷も大きい。

しかし溝内氏は最後に、一つのワイナリーだけが頑張ってもボルドーやブルゴーニュのような銘醸地とは呼ばれないと例示したうえで、来るべき制度化を前に日本企業各社がしっかりと準備をし、適用初年度からレベルの高い開示を多くの日本企業が行うことで、現在日本を素通りしている世界のESG投資家にも日本が地域として注目されるようにしていきたい、と呼びかけた。

④企業事例: 日産自動車のサステナ経営戦略

時間: 16:10~17:30
講師: 田川 裕美氏(日産自動車株式会社 サステナビリティ推進部 部長)

日産自動車は長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」を策定し、「クリーン」「安全」「インクルーシブ」「共生」を軸に事業を展開する。このビジョンの中核は、「クルマの電動化推進」だ。田川氏はライフサイクル単位でCO2を低減する取り組みや資源の調達、人権対応、「V2H」「V2B」などで社会全体のCO2削減に挑む取り組みなどを話した。今回は、講義の中から「カーボンニュートラルに向けた電動化戦略」を紹介する。

同社のEV開発の歴史は、1947年の「TAMA EV」から始まった。その後、1997年に世界初のリチウムイオン電池を搭載した「PRAIRIE JOY EV」を開発した。2010年には、世界初の量産型EV「LEAF」を、そして、2022年には「ARIYA」「SAKURA」を開発した。

航続距離も年々伸びていき、充電インフラの数もガソリンスタンドとほぼ同数まで普及した。田川氏は、「普及の条件は整ってきた」と力を込める。

現在は、3車種のEV(LEAF、ARIYA、SAKURA)に加えて、ガソリンエンジンとモーターを融合した同社独自の電動パワートレインe-POWERを搭載した4車種(X-TRAIL、SERENA、NOTE、KICKS)を展開する。2030年までに、19車種のEVを含む27の新型車によって電動化を推進する。

同社のパーパスは「人々の生活を豊かに。イノベーションをドライブし続ける。」。このパーパスの実現を目指した長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」を策定した。

マテリアリティの特定については、「社会・環境が日産へ与えるインパクト(財務的影響)」の視点に「日産が社会・環境に与える影響や価値」の新しい見方を加えた2側面によって、分析した。「クリーンな排出ガス」「クルマの安全性」「人権」「コミュニティの発展」などを最重要12項目として特定した。

特に自動車業界にとって、CO2低減は喫緊の課題だ。今後、国際社会では「内燃機関車両の新車販売規制」「LCA規制」などが始まり、ますますその勢いは強くなる。同社では、2021年にカーボンニュートラル宣言をし、2050年にクルマのライフサイクル単位でのカーボンニュートラルの実現を目指す。国連「Race to zero」にも参画した。

新車のライフサイクル単位でのCO2低減については、電動化技術によって2022年までに、2000年比で40%削減(日本・米国・欧州・中国)した。今後は、2030年代早期に主要市場で投入する新型車をすべて電動化車両に切り替える。全固体電池の技術革新を加速し、e-POWERの効率向上に取り組む。

車両の電動化に伴い、サプライヤー由来のCO2比率が高まる。そこで、策定した「ニッサン・グリーン調達ガイドライン」をもとに、サプライヤーと環境理念を共有した上で部品・資材の管理を促進していく。

電動車は、エンジン車に比べて振動が少ない。タイヤの性能も良いので、運転にかかる「潜在的ストレス」が少ないとされる。

コストも追求する。26年までにe-power搭載車はエンジン車と同等に、バッテリーEVについては全固体電池を28年には量産車に搭載する予定だ。エンジン車と同等のコストを目指す。