サステナ経営塾19期下期第3回レポート

株式会社オルタナは2023年12月13日に「サステナ経営塾」19期下期第3回をオンラインとリアルでハイブリッド開催しました。当日の模様は下記の通りです。

①企業事例: オムロンのサステナ経営戦略

時間: 10:20~11:40
講師: 貝﨑 勝 氏(オムロン株式会社 サステナビリティ推進室 部長 サステナビリティ戦略・人権担当)

第1講には、オムロン株式会社サステナビリティ推進室の貝崎勝部長が登壇し、企業事例として「オムロンのサステナ経営戦略」について講義した。主な講義内容は次の通り。

・京都に本社を置き今年90周年を迎えるオムロンは、「企業は利潤追求だけではなく、社会に貢献してこそ存在する意義がある」との創業者の思いを「社憲」とした。1990年以降は「企業理念」も加わり、オムロン社員の「判断や行動の拠りどころ」「求心力」「発展の原動力」として、企業内に深く浸透する。

・さまざまな理念教育の中でも特徴的なのが2012年に始まった企業理念の実践に取り組む社員を発掘・奨励する表彰制度「TOGA (The OMRON Global Awards)」だ。毎年社員数を上回るエントリーが続く。現在のテーマはほとんどが、環境、人権、SDGsなどのサステナ。共感の輪が広がる活動になっている。

・1990年以降、10年間の長期ビジョンを策定してきたが、2030年までの長期ビジョンでは、存在意義(パーパス)として「事業を通じて社会価値を創出し、社会の発展に貢献し続けること」を明文化した。「社会価値を創出する」ことで「正しく利益を得」、それを「再投資する」、拡大再生産がポイントだ。

・2030年に目指す姿は「企業価値(社会価値と経済価値)の最大化」だ。「気候変動(カーボンニュートラルの実現)」、「高齢化(健康寿命の延伸)」、「個人の経済格差(デジタル化社会の実現)」など、オムロンがアプローチでき、かつ社会インパクトが大きい分野を「社会的課題」イコール「成長機会」と捉える。

・これら3領域を特定した上で、5つの重要課題(マテリアリティ)を策定し、2030年の定性・定量目標を定めた。そしてそれらを実現するために、中期経営計画として具体的に落とし込んだ。

・5つの重要課題のうち3つは統括できる部門が組織内にあるが、Scope3や循環経済まで含めた「環境」と、バリューチェーン全体での「人権」は、部門横断的な取り組みであるため、それらを束ねる体制としてサステナ推進委員会の下に設けた「環境」と「人権」の各ステアリング・コミッティーが統括する。

・「環境」については、Scope1と2の排出量は全体の3%しかなく、最も多いScope3「カテゴリー11」(製品から発生する排出量)の削減に注力。「人権」についてもバリューチェーン全体視点で測定した人権影響評価と個別インタビューをもとに点数化して人権課題を特定するなど、人権デューデリジェンスを現在回している。

・オムロンではサステナ指標が中長期の役員報酬にも連動する、GHG削減、社員エンゲージメントスコアのほか、第三者機関のアセスメント評価を反映している。

・サステナ推進室は、事業部門と並列ではなく、取締役会直下の組織となっている。この点は講義後、参加者から、サステナ推進室のメンバー構成や役割、サステナ推進委員会との違いについて質問があった。サステナ(CSR)は取締役会同様、長期視点で考える必要があるということで2011年から取締役会直下になっていると説明。サステナ推進室は「企業理念」のオーナーでもある。

・ほかにも中国等含めたグローバルでの社内理念等のガバナンスが効いている背景や、事業部のゴールとサステナが完全に融合するようになるまでの具体的なプロセスなどについて質問が出た。

野心的な長期目標をどう設定するか

時間: 13:00~14:20
講師: 後藤 敏彦氏(NPO法人日本サステナブル投資フォーラム 理事・最高顧問)

第2講には、NPO法人日本サステナブル投資フォーラムの後藤敏彦理事・最高顧問が登壇し、「野心的な長期目標をどう設定するか」テーマに講義した。主な講義内容は下記の通り。

・気候危機への対応は「待ったなし」の状態にある。いま企業に求められるのは、「気候危機に対するビジネスモデルの組み直し」だ。

・特に、日本は再生可能エネルギーの導入ポテンシャルが高い。環境省が2020年に試算したが、今の再エネ電力量の7倍のポテンシャルがある。

・今後、企業は政府や電力会社に再エネの導入を求める動き(アドボカシー活動)を強めるべきだ。

・野心的な長期目標を掲げるには、将来のシナリオ分析が欠かせない。複数のシナリオを考え、そこから「ありたい姿」を定めるべき。正直に申し上げて、将来を精緻に予測することは難しい。将来のありたい姿を定めることが重要だ。

・上場企業は今後、二極化していく。欧州と取引のある企業や株主に欧州の機関投資家が多い企業などは、CSRD/ESRSへの対応が求められる。それ以外は、ISSBが定める情報開示枠組みに沿った対応が必要だ。

・さらに、欧州は2024年にCSDDDを導入する予定だ。この指令が導入されると、環境と人権両面でのデューディリジェンスが義務付けられる。欧州は、グローバルバリューチェーンを原則にしているので、欧州のルールだが、欧州の企業と取引関係のある企業はこのルールの影響を受ける。

・特に人権侵害への対応については、「グリーバンスメカニズム」の構築が重要。この仕組みは、人権侵害が発生したときに、適切な救済への対応が備わっていることを確保するものだ。最大のポイントは、申し立てした人のプライバシーを保護できるかだ。

・有報でサステナ情報開示は、上場企業向けに義務化された。中小企業については、系列企業はバリューチェーンに入っているのでやらざるを得ない。独立系は任意開示だが、自社をどうアピールするかの問題だ。グリーンウォッシュに気を付けながら開示することが望ましい。

ワークショップ: 野心的な長期目標の作り方

時間: 14:35~15:55
講師: 森 摂(株式会社オルタナ 代表取締役/オルタナ編集長)

サステナ経営塾第19期下期第3回の第3講ではワークショップを行った。日本サステナブル投資フォーラム理事・後藤敏彦氏の講義に関する学びや疑問点に加え、野心的な長期目標の作り方について話し合った。ワークショップで出たQ&Aは下記の通り。

【Q&A】
Q,近年、「ジャニーズ性加害問題」や「宝塚歌劇団のパワハラ問題」など、日本の人権意識の低さが浮き彫りになってきた。企業は人権デューデリジェンスを進めているが、日本の人権の捉え方において、西洋と比べ何が欠けていて、どのような意識を持つべきなのか。

A,日本人の考える人権と西洋の考える人権はかなりズレがある。まずは世界人権宣言が「人権」の基盤となっていることを再確認することが必要だ。そのうえで、従業員や外部が救済の申し立てを行える「グリーバンスメカニズム」を自社あるいは業界で設けることが重要だ。

Q,当社では通報窓口設置し、「グリーバンスメカニズム」を導入している。十分な取り組みにするために、重視すべきポイントは何か。

A,最重要ポイントは、個人情報の保護だ。申立人の名前や素性が漏れることがあってはならない。外部の弁護士事務所に窓口を設置するなど、個人が特定されない形で、どのように救済できるかを慎重に考える必要がある。外部サプライヤーも同様に、人権を尊重し、個人情報を保護しなければならない。

Q,海外の支社や協力企業などのガバナンスを強化していくことが難しい。どのように対応していくべきか。

A,欧州企業サステナビリティ報告指令(CSRD)では、親会社となる企業の方針や戦略の基盤づくりが第一に求められる。親会社がE(環境)だけでなく、S(社会)、G(ガバナンス)においても確固たるポリシーを持つことが重要だ。イスラム諸国で女性問題解決に向けた施策を行うことが難しいように、国によってできることが限られる場合があれば、各国ごとにアレンジを加えればいい。

Q,製造業では、カーボンニュートラルにするにはコストがかかる。だれがコストを負担するべきか。

A,ビジネスである以上、商品価格に転嫁するほかない。どれだけ安くできるかは企業の努力次第だ。再生可能エネルギーが普及すれば当然価格は安くなる。そのためにも企業のロビー活動が重要だ。

Q,これまで様々な団体、例えば、GRIやISSBなどによるガイドライン統一の動きが激しかった。今後もこのような世界の動きを追っていかなければならないのか。

A,欧州の企業に納入している企業や欧州に子会社を持っている企業、欧州株主が多く在籍する企業は、欧州基準に合わせていくほかないだろう。その他企業に関しては、ISSB基準や金融庁が出す基準を追っていく必要がある。

Q,サプライチェーン上の中小企業に対して、CO2排出量の算定を行ってもらうことが難しい状況だ。どのような対応が望ましいか。

A,CO2排出量の算定を追加したISO14001、またはエコアクション認証の取得をサプライヤーに促すのが最適だ。公正取引委員会は、ガイドライン「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」のなかで、サプライヤーにこのような取り組みを促すことは「乱用」と見なさないと声明を出している。

Q,BtoCの事業形態である企業は、スコープ3が約7割を占める。スコープ3の削減も目標に組み込んではいるが、削減に向けてのロードマップが描けていない状態だ。

A,スコープ3は現時点では推定値で構わない。まずは、自社やサプライチェーンにおけるCO2排出量の削減に注力することが重要であり、やはりスコープ1、2を抑えるためには再生可能エネルギーの導入を進めるよう声を上げる必要がある。

Q,長期ビジョンの策定において、トップダウンの策定指示がなく動けない企業も多い印象だ。トップダウンを促すためのアドバイスがほしい。

A,これは、日本企業において一番難しい問題だ。今は、社長や経営陣との信頼関係の構築や経営とサステナビリティ推進の関連性の可視化など、サステナビリティを推進する皆さんによるミドルアップが必要だ。

④企業事例: MYパーパスを起点としたSOMPOのパーパス経営

時間: 16:10~17:30
講師: 平野 友輔 氏(SOMPOホールディングス株式会社 サステナブル経営推進部長)

第3講では、SOMPOホールディングスの平野友輔・サステナブル経営推進部長が登壇し、「SOMPOのサステナブル経営戦略―MYパーパスを起点としたSOMPOのパーパス経営―」について講義した。主な講義内容は次の通り。

・SOMPOグループは、損害保険事業を基盤とし、国内生命保険、海外保険、介護・シニア、デジタルなどの事業領域を拡大してきた。2021年に、現在の中期経営計画策定のタイミングでパーパス(存在意義)を定め、「『安心・安全・健康のテーマパーク』により、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」を掲げた。

・同社は、「安心・安全・健康のテーマパーク」という目指す姿に向けたトランスフォーメーションを加速しようとしている。社員一人ひとりの「MYパーパス」を起点とする「パーパス経営」を実践し、特に「MYパーパス」の浸透に力を入れる。

・平野氏は、「SOMPOのパーパスを『マクロな視点』(全社で駆動する仕組み)と『ミクロな視点』(社員一人ひとりの自分ごと化)で連動させ、パーパスドリブンな経営を実現していきたい。そのカギとなるのが、社員一人ひとりの『MYパーパス』だ」と説明する。

・平野氏は「これまで『会社のなかの自分』ととらえていたものを、『自分の人生の中に会社を入れる』。こうした価値観へのシフトがによって会社や仕事との向き合い方が変わってくる。最大の経営資源は「人」である。『MYパーパス』を浸透させ、更には、財務価値につながるということを示していきたい」と言う。

・同社では価値創造の出発点でもある「MYパーパス」の策定において、自身の人生や原体験を「WANT(~したい)」「MUST(~なければならない)」「CAN(できる)」の観点で振り返り、その3つが重なった部分を自らを突き動かす「MYパーパス」としている。このMYパーパスは、社長や役員も社員向けに開示しているという。

・平野氏によると、「初めは半信半疑だった社員も『自分を見つめ直す機会になった』『自分の目標を明確化できた』『後悔しない人生を送るためのヒントが見つかった』など、好意的な声も多い」という。

・取り組みの意義を可視化するために、定量化にも取り組む。「MYパーパス」の効果として、「自分らしく働きたい」という実感が1pt 上昇すると、「多様性を認め合う組織文化の醸成」の実感値が0.81pt 上昇、「エンゲージメント・スコア」が1pt 上昇すると、「チャレンジ意欲」の実感値が0.943pt 上昇、エンゲージメントが高い組織は、高付加価値を生むための業務に充てる時間が30%前後高いといった効果がみられるなど、さまざまな角度から定量的に検証を行っている。

・「過去のデータをもって、未来に起こることを因果をもって証明するのは難しい。だからこそ、『MYパーパス』と財務価値向上の相関をストーリーでつなぎ、できるだけ定量化して『人的資本のインパクトパス』で示していきたい」(平野氏)