サステナ経営塾第21期上期第2回講義レポート

株式会社オルタナは2025年5月21日に「サステナ経営塾」21期上期第2回を都内会場・オンラインで開催しました。当日の模様は下記の通りです。

①社会から見た企業の役割をSDGs視点で考える

時間: 10:20~11:40
講師: 町井 則雄 氏(株式会社シンカ 代表取締役社長/株式会社オルタナ オルタナ総研 所長)

第1講は「社会から見た企業の役割をSDGs視点で考える」と題して、株式会社シンカ代表取締役でオルタナ総研所長の町井則雄氏が講義した。 

・SDGs目標の2030年まで5年に迫る中、その進捗率は16%と「停滞」と「格差」の中にあり、全17ゴールが後退もしくは進展していない状況にある。ウクライナ情勢やトランプショックなどもSDGsの今後の潮流に影響するが、町井所長は、次世代テクノロジーをAIが支えるような「正の連鎖」が進めば、大きな変化を生み出せる可能性があるとの期待を話した。 

・今後5年以内に、AIが自らを高度化させるAGI(汎用人工知能)、さらにはASI(人口超知能)の時代が到来するとも言われており、感度の高い企業はすでに、AIの進化を見据えて、好業績にもかかわらず大規模なリストラに踏み切る動きも始めた。 

・世界の大きな課題は人口増加と水不足問題だが、日本の最大課題は少子超高齢社会。特に2025年は、団塊世代がすべて後期高齢者になり社会的負担の増えるターニングポイントの年だとして、地方の財政問題などを紹介した。 

・そして政府含め一つのセクターだけが背負って社会課題を解決できる時代ではなく、産官民学が「総働」で新しいマーケットと事業領域を創出することで課題解決に対処していくことの重要性を説明した。企業にとっては、課題に気づく感度が高いNPOや、対等なパートナーとしての自治体と協働し、新規ビジネスとして課題解決を進めることへの期待を話した。また、AGIの登場によって、世界のあらゆる課題についての解決策が提示される可能性もあり、サステナビリティの領域にこそAIを最大限活用してほしいと話した。 

・講義後、参加者から質問のあった、企業内で新規ビジネスを立ち上げる際に企業内での動き方としてポイントとなる点や、社会課題解決型ビジネスを創出するツールとして紹介したバリュープロポジションキャンバスの「3C+S」の詳細や具体的事例について補足説明した。 

②海洋プラごみ問題:企業とNGOの連携

時間: 13:00~14:20
講師: マクティア・マリコ氏(一般社団法人Social Innovation Japan代表理事・共同創設者/株式会社Nature Positive代表取締役)

第2講は、一般社団法人Social Innovation Japanのマクティア・マリコ代表理事が「海洋プラごみ問題:企業とNGOの連携」をテーマに講義した。講義内容は以下の通り。

・海洋プラごみの量はすでに世界で1億5000万トンに達しており、現在でも毎年少なくとも800万トンが流出している。この800万トンという量は飛行機5万機分のプラスチックの量に匹敵する。海洋プラごみは環境問題にとどまらず、様々な問題を引き起こしている。たとえば、マイクロプラスチックを摂取した魚を私たちが食べることで摂取してしまっており、その量は1人あたり1週間に5gと言われている。胎児や母乳からも検出された。

・気候危機や人権にも密接に関わっている。前者ではプラスチックのカーボンフットプリントは1995年から2015年までの20年間で2倍となった。プラ生産による温室効果ガス排出量は、全体の4.5%を占めるほどになっている。後者は日本のペットボトルリサイクルは89%となっているが、そのうち一定割合が海外へ輸出されている。また、日本のプラスチックごみ純輸出量は世界1位となっているが、輸出先の海外で本当にリサイクルされているかは不明で、現地の人々の暮らしを脅かしている。

・持続可能な未来を構築するために、生産・消費・リサイクルの各段階で循環させるサーキュラーエコノミーを軸に社会をリデザインすることが必要だ。このとき重要になるのが、課題を解決するために全体像を把握したうえで複数のシステムを変えるために根本から見直す「システム思考」を取り入れることだ。

・サーキュラーエコノミーの実現へ国内外の行政機関や企業で取り組まれている。たとえばEUでは21年7月に代替品がある製品について使い捨てプラスチックの使用を禁じた。また昨年3月には、使い捨てプラスチック規制に合意した。そこでは30年までには使い捨てプラスチック包装の禁止、35年までの包装廃棄物の削減目標、PFAS禁止も掲げられている。

・国際的なプラ禁止条約の議論も進むが、対立点があり合意には至っていない。しかし、企業側からは規制を求める声が強くなっている。280以上の企業や金融機関、NGOが加盟するBusiness Coalition for a Global Plastic Treatyでは国際条約の合意へ後押ししている。企業にとって条約や規制があることでプラ代替品の導入やバリューチェーンの見直しに投資しやすくなる。

・企業でも連携してプラ削減に取り組む事例が増えている。ユニリーバはチリのスタートアップと連携し、洗剤などの生活用品の量り売りを行っている。システムをスタートアップが提供し、製品をユニリーバが供給することで実現した。イオンと米新興のテラサイクルが連携した「LOOP」では、金属やガラスなどの使いまわしできる容器にして、その容器をイオンで使いまわしできるようにしている。味の素ではファンデーションで使われているマイクロプラスチックビーズが海洋汚染の原因になっていることに着目して、代替素材を開発した。

・質疑応答では石油化学製品関連企業の社員から「社内には取り組みに消極的な社員もいるが、熱量を上げていくためにどうすればいいか」という質問がでた。マクティア・マリコ氏は「企業の持続的な成長に向けてサーキュラーエコノミーにつながるビジョンを提示することが動機づけになるのではないか」とアドバイスした。

③統合思考/統合レポーティングとは何か 

時間: 14:35~15:55
講師: 室井 孝之氏(株式会社オルタナ オルタナ総研フェロー) 

第3講では、オルタナ総研フェローの室井孝之氏が「統合思考/統合レポーティングとは何か」について、講義を行った。 

・室井氏はまず、「統合思考」とは、組織内のさまざまな事業部門や機能と、組織が利用し、また影響を与える資本との関係について、組織が主体的に考えることを意味すると説明した。 

・そうした統合思考をステークホルダーに伝えるためのコミュニケーション・ツールが「統合報告書」だ。これは、組織の戦略やガバナンス、実績、将来の見通しが、短期・中期・長期の価値創造にどのようにつながっていくのかを、投資家をはじめとするステークホルダーに伝える役割を担う。報告書には、財務情報と非財務情報の両方が含まれる。 

・室井氏は、「サステナビリティを含む非財務情報が企業価値の向上にどのように結び付くかを定量的に示すのは容易ではない」と指摘した上で、「だからこそ、企業は自社の価値創造プロセスを説得力のある形で外部に発信していくことが求められる」と話す。 

・サステナビリティ情報開示では、評価機関サイド、投資家サイド、事業会社それぞれでAI活用が進む。例えば、MSCI(GPIF採用ESG指数)では、データのチェック、検証にAIを活用しつつ、最終的な評価や解釈は、200人以上のアナリストが担当しているという。 

・加えて、室井氏は、統合報告書で開示すべき「16の非財務情報」を紹介した。そのうち、企業のパーパス(存在意義)については、「社会における企業の存在意義を明確に宣言することが必要だ」と強調。その結果、ステークホルダーから「信頼」と「共感」を得られ、利益の増加が期待できるとした。 

・社長・CEOメッセージに関しては、「社長が自らの言葉で語り、投資家、ステークホルダーに正しく理解、評価され、信頼を得るためのメッセージ」とし、「本気度」や課題の解決策の重要性を説いた。 

・「人的資本」に関する情報も、統合報告書でますます重要なコンテンツとなっている。「人的資本経営」とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出し中長期的な企業価値向上につなげる経営だ。日本では、23年3月期決算から、上場企業の人的資本の情報開示が義務化されたことで、関心が一気に高まった。 

・室井氏は、統合報告書を発行する意義について、以下の3点にまとめた。 

① Why(なぜ):投資家やステークホルダーから適切な評価を得るため 

② How(どのように):持続可能な価値創造のストーリーを伝えるコミュニケーション・ツールとして活用 

③ What(何を):価値創造活動を充実させ、その結果として統合報告書全体、特に「社長メッセージ」などのコンテンツをより豊かにする 

・室井氏は、「統合報告書の作成には多くの労力を要するが、持続可能な価値創造に向けて、各社のオリジナリティあふれる報告書を追求してほしい」と呼びかけた。 

④企業事例: サントリーのサステナ経営戦略

時間: 16:10~17:30 
講師: 北村 暢康氏(サントリーホールディングス株式会社 サステナビリティ経営推進本部 シニアアドバイザー) 

第4講には、サントリーホールディングスの北村氏から「サントリーのサステナ経営戦略」を講義した。 

・サントリーグループの創業の精神は「やってみなはれ」という言葉に表れている。現状に満足せず、絶えず挑戦を続ける企業でありたいという意志を示した。その上で、高品質の商品・サービスの提供だけでなく、豊かな社会の実現に寄与する「利益三分主義」を掲げる。 

・サントリーグループの歴史を「やってみなはれ」を実践した事業活動と、「利益三分主義」の考えを汲んだ企業活動の2軸で振り返る。事業としては、1923年に日本初の本格国産ウィスキーの製造に着手、1937年に「サントリーウィスキー角瓶」の発売を始めた。1960年に「サントリービール」を発売した。本格家庭用瓶入りビールとして、日本初だ。90年代に入ると業界初の発泡酒の発売も手掛けた。 

・一方、「利益三分主義」の考えを汲んだ企業活動については、1921年に無料の診療所を開設し、61年にはサントリー美術館を立ち上げた。2004年からは天然水の森活動の一環として、水育を始めた。 

・サントリーの企業理念は、「人と自然と響き合い、豊かな生活文化を創造し、『人間の生命(いのち)の輝き』をめざす」。この企業理念の本質をより一層追求することが、サステナビリティ経営だと捉えている。 

・サントリーでは2030年のサステナビリティ経営目標として、3つの目標を設定した。温室効果ガスとプラスチックと水だ。 

・温室効果ガスについては、30年までに自社排出量を50%削減、バリューチェーン全体で30%削減を目指す(2019年比)。自社排出量の削減には、生産拠点の再エネへの切り替えやグリーン水素の活用などで取り組む。バリューチェーンについては、リサイクルアルミを100%使ったビール缶などで削減を目指す。 

・プラスチックについては、2030年までに、すべてのペットボトルの100%サステナブル化を目指す。サステナブル化とは、リサイクル素材か植物由来素材などを指す。使用済みペットボトルから新しいペットボルにするボトルtoボトルが軸となる。 

・最後の水については、2030年までに半数以上の自社工場で水源涵養を通じ、使用する水の100%以上をそれぞれの水源に還元を目指すなどの目標を設定。水源涵養とは、森林の土壌を整備することで、地下水を貯える力や地下水の水質浄化につなげる取り組みだ。不整備な固い土壌では雨水が地中深くまで浸み込むことができない。その結果、地下水を貯える力も弱く、表面の土が風雨によって流出しやすくなる。一方、適切な間伐をすることで日光が入り、土壌生物が育つ環境に変わる。土壌生物などの力で土が団粒化(土壌の粒子が粘土状にならずに小さな塊になり、通気性が良くなること)し、土壌がスポンジのように柔らかくなる。雨水が深くまで染み込みやすくなり、良質で豊かな地下水が育まれる。全国の森林で水源涵養に向けた取り組みを行っている。